田口綾子
われのみのもの2021年10月22日
illustration by Chisato Seino
ひとり飲めば大皿で来る前菜の盛り合はせもみなわれのみのもの
ひとりじめすべし(あなたの好物の)くたくたのラタトゥイユの茄子も
ピクルスのキュウリも食べる(隣席にあなたがゐれば譲るのだけど)
ルーン文字はリュトン・グラスの表面に冷えながら神のことばを伝ふ
次どうする? なんて訊かない飲みながら最後まで読むドリンクメニュー
「前菜盛り合わせ」が好きだ。ちんまりと、こんもりと盛られた料理たちが、どうにも愛おしい。ひとくちごとに、様々な食材を使った別々の味を楽しめるだなんて、とんでもない贅沢である。唯一の欠点は、おいしい、もっと食べたいと思っても、もうそれが残っていない場合が多いことだ。何人かで、一皿をシェアしているときはなおさら。
まあそれはそれでいいのかなとは感じつつも、ここ最近のひとり飲みのお供に、その「前菜盛り合わせ」をチョイスするという楽しみを発見してしまった。何と、この大皿をひとりじめ。心行くまで、前菜だけを食べ続けることができてしまう。同行者の好物に対して、遠慮する必要もない。(まあ、苦手なものも自分で引き受けなければならないのだけれど。)
お酒だって、好きなものを好きなタイミングで注文していい。思いきって前から気になっていたビールを選んでみたところ、ちょっとびっくり。逆円錐形というのだろうか、自立しようもない形のグラスを、立方体の台座が支えている。グラスの表面にはうっすらとルーン文字が描かれていて、指でなぞってみるとさらさらとする。わーおしゃれー、だなんて大騒ぎしないで、このどきどきを、ひとりでまるごと味わおう。いただきます。