Short Storyショートーストーリー

田口綾子
われのみのもの2021年10月22日

田口綾子 われのみのもの<span>2021年10月20日
illustration by Chisato Seino

ひとり飲めば大皿で来る前菜の盛り合はせもみなわれのみのもの

ひとりじめすべし(あなたの好物の)くたくたのラタトゥイユの茄子も

ピクルスのキュウリも食べる(隣席にあなたがゐれば譲るのだけど)

ルーン文字はリュトン・グラスの表面に冷えながら神のことばを伝ふ

次どうする? なんて訊かない飲みながら最後まで読むドリンクメニュー

「前菜盛り合わせ」が好きだ。ちんまりと、こんもりと盛られた料理たちが、どうにも愛おしい。ひとくちごとに、様々な食材を使った別々の味を楽しめるだなんて、とんでもない贅沢である。唯一の欠点は、おいしい、もっと食べたいと思っても、もうそれが残っていない場合が多いことだ。何人かで、一皿をシェアしているときはなおさら。
まあそれはそれでいいのかなとは感じつつも、ここ最近のひとり飲みのお供に、その「前菜盛り合わせ」をチョイスするという楽しみを発見してしまった。何と、この大皿をひとりじめ。心行くまで、前菜だけを食べ続けることができてしまう。同行者の好物に対して、遠慮する必要もない。(まあ、苦手なものも自分で引き受けなければならないのだけれど。)
お酒だって、好きなものを好きなタイミングで注文していい。思いきって前から気になっていたビールを選んでみたところ、ちょっとびっくり。逆円錐形というのだろうか、自立しようもない形のグラスを、立方体の台座が支えている。グラスの表面にはうっすらとルーン文字が描かれていて、指でなぞってみるとさらさらとする。わーおしゃれー、だなんて大騒ぎしないで、このどきどきを、ひとりでまるごと味わおう。いただきます。

Profile

田口綾子(たぐちあやこ)・歌人
1986年、茨城県水戸市生まれ。高校在学中から作歌を始める。
2005年、大学進学と同時に早稲田短歌会に入会。
2008年、「冬の火」30首で第51回短歌研究新人賞を受賞。
2012年、短歌結社「まひる野」入会。
2018年、第一歌集『かざぐるま』(短歌研究社)を上梓。
同歌集で、第19回現代短歌新人賞を受賞。

せいのちさと
埼玉県在住のイラストレーター・アーティスト。
武蔵野美術大学日本画学科卒業。鉛筆や色鉛筆を中心としたアナログの制作方法で、広告、書籍、パッケージなどのイラストレーションを手がけている。

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