Short Storyショートーストーリー

狗飼恭子
「恋をするのに必要なもの」2006年12月1日

恋愛、とくに恋愛初期においてアルコールはかかせないものであり、いや、かかせる人もいるのであろうが、とりあえずわたしにとってはかかせないのである。

「酔っているから」って免罪符がなければ、好意を持っている殿方に甘えたり可愛い顔をみせたりなぞ、恥ずかしくてとてもできない。

「お酒飲んでるときは面白いよね」

と、男の人に言われたことがある。

ちょっとショックだった。「は」ってところが。しかしそれくらい、お酒の有り無しで人格は変わりうるということだ。わたしだけかも知れないが。

グラス半分飲むだけで、心を開くのが簡単になる。話も上手くユーモアに溢れ、なんとなくいつもより可愛くなれたような気さえする。その場にいる人を誰かれ構わず「愛している」と言いながら抱きしめたいような気分に駆られたときは、飲みすぎの場合。

かつて、「お酒がまったく飲めない」という男の人を好きになったことがあった。

無論上手くいかなかった。

彼の前のわたしは、話下手でユーモアもなく、なんとも可愛くない女の子でしかいられなかった。

「お酒がべらぼうに強い」という男の人を好きになったこともあった。

やっぱり上手くいかなかった。

彼に合わせて飲もうとするから、可愛い酔っ払いなどあっという間に駆け抜け通り過ぎ、無様なトラと成り果てた。

大人になった今思うのは、同じペースでお酒を飲める人と一緒にいたいなあ、ということだ。お互い違う飲み物を飲んでいたとしても、グラスの空くペースが近しい人とは、他のよしなしごとのペースも同じなのではないかと思う。

だから好きになりそうな人とは、まず二人でお酒を飲む。

アルコールでさえあればなんだって良いけれど、ちょっと綺麗なグラスに入った粋な飲み物だったりしたなら、きっとそれは媚薬になる。

Profile

狗飼恭子(いぬかいきょうこ)・作家
1974年埼玉県生まれ。92年に第1回TOKYO FM「LOVE STATION」ショート・ストーリー・グランプリにて佳作受賞。
高校在学中より雑誌などに作品を発表。95年に小説第一作『冷蔵庫を壊す』を刊行。
著書に『南国再見』『彼の温度』『あいたい気持ち』『愛のようなもの』『低温火傷(全3巻)』『好き』『愛の病』『薔薇の花の下』『温室栽愛』(以上幻冬舎文庫)『国境の南、太陽の西RMX』(メディアファクトリー)などがある。
また、映画『ストロベリーショートケイクス』(矢崎仁司監督)では脚本も勤める。最新刊は『幸福病』(幻冬舎文庫)。
Webマガジン幻冬舎でエッセイ「愛の病」を連載中。

公式ブログ http://inukaikyoko.ameblo.jp/

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