白岩玄
「シラフの弟には悪いけど」2019年12月16日
illustration by Chigusa Iwamoto
「酒が飲める奴はいいよなぁ」
そう言ってため息を吐いていた弟のことを思い出したのは、気になっていた男性と二人でバーに行き、一杯目の注文を済ませたときだった。
三十歳にして未だに彼女がいない弟は、缶ビールを半分飲むと頭が痛くなる体質で、同じ親から産まれたのに問題なくお酒が飲める私に嫉妬していた。
「いや、俺もさ、二十代の頃は酒好きな奴のことを見下してたんだよ。だって、あいつら、アルコールの力を借りないと恋愛もできないような奴らだろ?」
そこには私も含まれているのかと思わず眉間にしわが寄ったが、弟は私をディスりたいわけではないようだった。あくまでも飲める人間が羨ましいという話をしたいらしい。
「考えてみてくれよ。俺は三十年間、ずっとシラフで生きてきたんだ。誰かと打ち解けるときも酒の力を頼れない、自力で頑張るしかないってのは、社交的じゃない人間にはきついことだよ。姉ちゃんだってさ、正直、酒に助けられてる部分大きいだろ?」
まるでお酒を飲む人間はズルをしているかのような言い方だが、たしかに彼の言うことには一理あった。私はお酒の力を借りることで、人見知りの自分を隠して人間関係を築いてきた。他人と心を結びつきやすくしてくれたのは、いつだってお酒だったのだ。
「お待たせしました」
私の勧めで彼が飲んでみたいと言ったガージェリービールが現れた。横顔がほんの少しだけ高橋一生に似ている彼が、四角い台座に差し込まれた不思議な形のグラスを見て「変わった入れ物だね」と驚いている。
「あぁ、これはリュトンって言って、このビールのために作られたグラスなの」
思わずうんちくをたれてしまった自分を恥じたが、素直な彼は「へぇ」と感心してくれた。
ここを外して飲むのだと、動物の角を模したグラスを台座から持ち上げてみせると、「うわ、面白いね」と目を輝かせている。
「じゃあ、乾杯」
苦みと甘みが共存した独特の風味が口の中に広がっていく。まだまだ酔うまでは長そうだったが、特別なビールを一緒に飲んだことで、早くも二人の距離が少し縮まったような気がした。ずっとシラフで生きてきた弟には悪いけれど、せっかく飲める体質に生まれたのだから、私はこの幸せを存分に享受させてもらおうと思う。