Short Storyショートーストーリー

乾ルカ
「私のギョーフ」2018年6月27日

乾ルカ「私のギョーフ」
illustration by Haruka Hashiguchi

若い男女は、私からスツールを一つ挟んで座った。女が手元のカードを覗き込む。

「あら、新しいわ」

私はガラスの台座に収められて立つリュトン・グラスに触れ、そこに刻まれたルーン文字を指先でなぞった。そうして、ゆっくりとGルーン──ギョーフの上で止めた。

ガージェリーのカードに掲載する掌編を書いてもらえないか。依頼が来たときは驚いた。私は忘れられた作家だ。長らく作品を発表出来ておらず、食べるためにコンピューターのプログラムを組むバイトをしている。

才能は不思議だ。私のそれは、人々の記憶と共に失われていったかのようだ。かつては言葉が、それこそ炭酸の泡のごとく、きらきらと涌き出た。今の私は気が抜けている。それでも受けると返答したのは──試したかったからだ。持って生まれたギフトは、私の中でまだ息をしているのか? 替わりのきかないものなのか? 例えばコンピューターと競ってみたらどうなるのか?

私は創作と並行してバイトに通い、業務外で掌編を編むプログラムを一つ組んだ。

この手のプログラムには情報が必要だ。あればあるほどいい。私は誰もいなくなったオフィスで、ガージェリーのサイトに掲載されている他の作家たちが紡いだ美しい情報を、そっくりプログラムに喰わせた。

プログラムはいとも易々と掌編を生んだ。私は己を搾り尽くすようにして、ようやく書き上げた。そして、良い方を採用してくれと添えて、どちらも送った。

カードに目を落とす。そこにあるのは、自分の血肉を削った分身ではない。私は負けたのだ。

グラスのルーン文字に触れる。占いにおけるギョーフの意味は"贈り物"。そして、隣のAルーン、アッシュは"情報"。皮肉だ。

私はグラスを取り、口をつけた。世の中から忘れられた作家を、今夜私も忘れよう。決別の盃だ。

ビールが喉を滑り落ちていく。慰めるような優しさに驚く。下戸のはずなのに、飲める。

ああ、こんなに美味いものだったのか。

別れの味がこれなら、さよならも悪くなかった。

Profile

乾ルカ(イヌイルカ )
1970年北海道生まれ。2006年「夏光」が第86回オール讀物新人賞を受賞。翌年に受賞作を表題作とした短編集でデビュー。2010年『あの日にかえりたい』で第143回直木賞の、『メグル』で第13回大藪春彦賞の候補となる。主な著書に『てふてふ荘へようこそ』『ばくりや』『向かい風で飛べ!』『ミツハの一族』『花が咲くとき』などがある。最新刊は『わたしの忘れ物』。

ハシグチハルカ
映像制作会社勤務後、セツ・モードセミナーで絵を学ぶ。
2017年イラストレーターとして活動始める。
harucarino.com

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